映像をめぐる冒険vol.5
記録は可能か。
2012.12.11(火)—2013.1.27(日)
- 開催期間:2012年12月11日(火)~2013年1月27日(日)
- 休館日:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は開館し、翌火曜日休館)、年末年始(12月29日~2013年1月1日)
- 料金:一般 500(400)円/学生 400(320)円/中高生・65歳以上 250(200)円
- ※各種カード割引あり
( )は20名以上団体、当館の映画鑑賞券ご提示者、上記カード会員割引(トワイライトカードは除く)/
小学生以下および障害者手帳をお持ちの方とその介護者は無料/第3水曜日は65歳以上無料
東京都写真美術館は、平成20年度より「映像をめぐる冒険」シリーズと題して、映像部門の5つの基本コンセプト「イマジネーションの表現」「アニメーション」「立体視」「拡大と縮小」「記録としての映像」の中から毎年1つを取り上げ、展覧会を開催してきました。5回目となる今年は、「記録としての映像」をテーマに、当館が収蔵するコレクション作品とともに、映像というメディアの歴史を遡りながら、その今日的な役割を考察します。
映像史において、記録映画とも言われるドキュメンタリーは、映画とともに始まったと言っても過言ではありません。映画の父と呼ばれる、リュミエール兄弟の世界初の実写映画《工場の出口》1895年公開)は、タイトルどおり工場の出口から出てくる労働者たちの様子を撮影した、まさに記録映画でした。それから100年以上を経た今日、ドキュメンタリーは、一つのジャンルとして定着し、今や映画に限らず、テレビやインターネット上の動画配信システム、ソーシャルメディアを通じて、ドキュメンタリー映像をみるだけでなく、その上、自分自身で発信することが身近な時代になりました。しかしながら、映像の誕生から1世紀余り、数多の体験をしてきた私たちを取り囲む日常は、日々刻々と変化し、映像が担う役割も複雑化してきています。
それでは、映像は何を記録することができるのでしょうか、そして何を伝えることができるのでしょうか、もしくはそもそも映像は何かを記録することができるのでしょうか。今回の展覧会では、そうした問いを出発点に、過去から現在、未来にいたる記録映像の変遷と可能性を、「通信-メッセージ」「抗議と対話―アヴァンギャルドとドキュメンタリー」「記憶―アーカイヴ」というキーワードを通して、映像と社会を結びつけるいくつかの事例から検証します。
通信―メッセージ
「メディアはメッセージである」というマーシャル・マクルーハンの有名な言葉には、メディアの技術形式そのものが、メッセージに影響を与える、つまりはメッセージそのものであるという意味が含まれていた。ここでは狭義の映像史を「通信」という観点から考察し、技術環境と映像のメッセージが関わる接点に着目する。とりわけ、美術館のコレクションである幻灯機を出発点として、社会運動と結びついた。日本における幻灯機の受容と流通を、早稲田大学演劇博物館映像学連携研究拠点における幻灯に関する公募研究プロジェクトの協力のもと、紹介していく。
スライド式幻灯機種板、木製外枠付(ガラス製12枚組) 19世紀
抗議と対話―アヴァンギャルドとドキュメンタリー
1963年に映像作家の松本俊夫は処女評論集『映像の発見-アヴァンギャルドとドキュメンタリー』で、異なるジャンルとされていた、アヴァンギャルド映画とドキュメンタリー映画を分析している。松本の分析で画期的であったのは、カメラの外部と内部の二項対立をメタファーに、両者を同一の視点から捉え直そうとした点である。1960年代末、全共闘運動や大学闘争が巻き起こったいわゆる政治の季節から、70年安保闘争へと展開し、さらには左翼運動の挫折へと向かった1970年代初頭にかけての日本においては、『映像の発見』がとりあげたアヴァンギャルドとドキュメンタリーというテーマが、政治的、社会的状況に美術・文化が密接に交差していくなかで、実を結んだ。例えば、若者を中心とした抗議活動や直接行動は、芸術家や知識人との連携によって、反体制的な社会に対する個人の声を顕在化すると同時に、高度経済成長とともに変化する、社会、政治、文化環境の多様さを映し出した。本展覧会で紹介する、金坂健二、おおえまさのり、宮井陸郎、城之内元晴、中谷芙二子、そして小川伸介の作品群は、それぞれが社会に対する抵抗と対話の記録であり、作家主義や作品論では回収することが難しい1966年から72年における時代の痕跡でもある。
記憶―アーカイヴ
映像は、現在すべてを記録することはできないが、少なくとも、私たちに現実を想起させる記憶メディアたることはできるかもしれない。ドイツ・ベルリンを拠点に活動するアーティスト・ユニット、ニナ・フィッシャー&マロアン・エル・ザニは、映像、写真、インスタレーションなど多様なメディアを通じて、都市環境や集合的記憶のなかで、束の間に存在していた空間や隔離された場所に焦点をあててきた。都市のランドマークやモニュメントは、かつては政治や文化、あるいは社会的発展を象徴していたにもかかわらず、現代社会からは忘却されてしまう運命をもっている。フィッシャー&エル・ザニは、この歴史的痕跡を手がかりに、現在において不可視となっている存在や記憶を批評的に浮かび上がらせることで、新しい映像表現の可能性を提示しようとしている。本展では、2007年から計3年間日本に滞在し、日本に関連した作品を制作し発表してきた彼らの3作品を紹介することで、現在そして未来における映像の記録表現の可能性を探りたい。
ニナ・フィッシャー&マロアン・エル・ザニ ≪成田フィールドトリップ≫ (2010年) 作家蔵
---------------------------------------------------------------------------------------------------------
<参加作家プロフィール>
金坂健二
1934年東京都生まれ、1999年死去。写真家、映像作家、映画評論家。慶応大学文学部英文学科卒業後、松竹に社長づき通訳として入社。映画評論家として活躍する一方で前衛映画の製作を行い、60年代から70年代にかけて渡米し、アンディ・ウォーホルやアレン・ギンズバーグなど当時のカルチャー・シーンの中心人物とも交流を持ちながら、アンダーグラウンド映画を初めて日本に紹介。ストリートの深部に入り込み自らも写真家として多くの作品を発表した。
宮井陸郎
1940年島根県生まれ、岡山/東京在住。映像作家。1960年代に「映像芸術の会」に参加するとともに「ユニットプロ」を主宰。拡張映画、環境映画としての映像作品を数々発表し、アンダーグラウンドシーンを牽引する。また、アンディ・ウォーホル展の企画などプロデューサーとしても活躍。1976年以降はインドに渡り、瞑想に入る。金坂同様にアンダーグラウンドシーンを牽引していた宮井の問題意識は、時代の全体像を「透視することが困難な時代において、現象が我々の前にあるのではなくて、我々自身が単なる現象として現前している」 として、それまでの映画作品に多くみられた外面性/内面性の二項対立という図式からより現象学的方向に向かっていた。
そして、自身の関心から当時ヌーヴェル・ヴァーグへ影響を与えていた「シネマ・ヴェリテ」の手法にならい、《時代精神の現象学》(1967)を制作する。映画では、ユニット・プロの一室からはじまり、新宿の繁華街、スーパー、映画館、ゼロ次元のパフォーマンスにいたるまで「計画されたハプニング」の一日が長回しで撮影され、最後は地下街に設置された時計の3分間の大写しで終わる。1967年の新宿の空気を切り取ると同時に、最後のショットによって映像に潜在的な時間性が意識される。計画された偶然性やパフォーマンス性をもった映像をコラージュする実験的な手法は、宮井が構成で協力したテレビ番組《クール・トウキョウ》(村木良彦演出、1967)でも用いられている。
「シネマ・ヴェリテ」的手法や、アンディ・ウォーホルの作品に見られる物質性や反復性を重視する「ポップシネマ」的手法に可能性を見出していた宮井は、作品の上映方法にも着目し、二つの同じフィルムを一面に重ねて投影するなど、後に「拡張映画」と言われるような、上映方法を提案した。《シャドウ》(1969)は、タイトルどおり自身の影の記録であり、反転したフィルムとオリジナルのフィルムを同時に2面構成で上映しており、宮井の問題意識を率直に反映した作品となっている。
おおえまさのり
1942年徳島県生まれ、山梨県在住。映像作家、作家。1965年にニューヨークに渡り、ジョナス・メカスらアンダーグラウンド映画作家たちの影響下で映画制作を始める。ティモシー・リアリーやリチャード・アルバートとの交流をとおして、アメリカで当時起こっていた「サイケデリック・レヴォリューション」を体験。一連の社会的なドキュメンタリー作品と並行して、サイケデリックによってもたらされた個人の内的ヴィジョンの映像化と呼ぶべき作品を多数制作。《Head Game》(1967)、《No Game》(1967)は、後に「ニューズリール」により全米配給が行われた。CBSの依頼により制作された6面マルチプロジェクション作品《GREATE SOCIETY》(1967)は、当時のアメリカのニュース映像をコラージュし、社会的メッセージと内的イメージを一体化した、エンバイロメンタルな作品となった。
1969年に帰国、自らの作品を上映するかたわら、金坂健二、中平卓馬とともに「ニューズリール・ジャパン」を立ち上げる。その活動は映画のみにとどまらず、70年以降は写真集や精神世界に関するエッセイなどの多数の著作、『チベットの死者の書』(1974)をはじめ翻訳多数。
城之内元晴
1935年茨城県生まれ、1986年死去。映画監督。1957年、日本大学芸術学部映画研究会(日大映研)に参加し、《Nの記録》《プープー》の演出を手掛ける。1961年にジャンルを越えた表現者たちの交流拠点として、VAN映画科学研究所を立ち上げる。そこで勅使河原宏や荒川修作、また風倉匠、赤瀬川原平、小杉武久などの前衛芸術家たちと共同制作を行う。1970年以降は神奈川映画ニュース映画協会及び東京都映画協会にて数多くのニュース映画を手がけた。
《日大大衆団交》は1961年から1975年に完結する「ゲバルトピア∞」シリーズの一つであり、他の作品と比較すれば、作品性が強いものではなく1968~69年の日大の全共闘闘争を自身が走り回り撮影した記録の断片になっている。しばしば孤高の映像詩人と形容されるように、城之内はボレックスの16ミリカメラを駆使してコマ撮りやカメラ内編集を行い独自の作品を制作してきたが、 その撮影の即興性に依拠する独自の手法はここでも見ることができる。
中谷芙二子
札幌生まれ。東京都在住。美術家。米ノースウェスタン大学美術科卒業。画家として出発し、1966年、芸術と技術の実験グループ「E.A.T.」に加わり、数々の実験的プロジェクトに参加。1970年大阪万博のペプシ館で《霧の彫刻》を初めて制作、以降人工霧を使った霧環境、インスタレーション、公園設計、舞台作品等を世界各地で発表。1970年代以降は社会、自然、環境をテーマにしたコミュニケーション・プロジェクトを推進。1972年「ビデオひろば」の結成に参加し、自らもビデオ作品を発表。80年に「ビデオギャラリーSCAN」を開設、年2回公募展を催して日本のビデオ作品を発掘し、海外に紹介する。1987年から大規模な国際フェスティバルを主催、国内外のビデオ・アーティストの交流と作品の配給を本格的に行って、日本におけるビデオ・アートの推進者となった。
2009年には、その活動により文化庁メディア芸術祭功労賞を授与される。2012年、これまでの全作品の集大成となる3ヶ国語のDVD/書籍『Anarchive n°5 - FUJIKO NAKAYA 中谷 芙二子/FOG 霧 BROUILLARD』がAnarchive(パリ)から出版された。
小川紳介
1936年東京都生まれ、1992年死去。映画監督。1960年より岩波映画製作所と助監督契約。1964年フリーとなり、小川プロダクションを設立、大学紛争や三里塚闘争などの記録映画を撮る。山形県上山(かみのやま)市に移り、農村を対象としたドキュメンタリー映画を撮り続けた。代表作に《三里塚・第二砦(とりで)の人々》《ニッポン国古屋敷村》など。
ニナ・フィッシャー&マロアン・エル・ザニ
ニナ・フィッシャー(1965年ドイツ、エムデン生まれ)とマロアン・エル・ザニ(1966年ドイツ、ドゥイスブルク生まれ)、ベルリン在住。90年代前半より,廃墟や忘れ去られた場所や空間を題材に、その社会・歴史的な意味を探求していくプロジェクトを映画、写真、インスタレーションなどさまざまなメディアを通して展開している。日本では「オーラ・リサーチ」展(東京都写真美術館、1998年)をはじめ、グループ展、映画撮影や上映など多数。
□ 協賛 : 凸版印刷株式会社
□ 協力 : NECディスプレイソリューションズ株式会社/ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川/早大演博演劇映像学連携研究拠点平成24年度公募研究「「映画以後」の幻灯史に関する基礎的研究」/神戸映画資料館/映画美学校/調布市立図書館
□ 後援 : ドイツ文化センター/サンケイスポーツ/夕刊フジ/フジサンケイビジネスアイ/iza!/SANKEI EXPRESS
関連イベント
- 特別トークイヴェントシリーズ
- 2012年12月11日(火) 18:00~19:30 ニナ・フィッシャー&マロアン・エル・ザニ(出品作家) 終了致しました
2012年12月22日(土) 15:00~16:30 ゼロ次元・加藤好弘(美術家)、黒ダライ児(戦後日本前衛美術史研究家) 終了致しました
2013年1月19日(土) 15:00~16:30 「1960年代の映像と記録について」 宮井陸郎(出品作家)、平沢剛(映画研究者) 終了致しました
出品作家、ゲストによる連続トーク企画、作品の解説を行います。
1月19日(土) は、トーク前に宮井陸郎氏の映像作品の上映を行います。
《時代精神の現象学》(1967年、白黒、サウンド、37分)デジタル上映
会場:東京都写真美術館 1階アトリエ 定員:各回70名
受付:当日10時より当館1階受付にて整理番号付き入場券を配布します。
対象:本展チケットをお持ちの方
※整理番号順、自由席。開場は開演の30分前より ※入場無料 - 担当学芸員によるフロアレクチャー
- 2012年12月14日(金) 14:00~ 終了致しました
2012年12月28日(金) 14:00~ 終了致しました
2013年1月11日(金) 14:00~ 終了致しました
2013年1月25日(金) 14:00~ 終了致しました
※本展覧会の半券(当日有効)をお持ちの上、会場入口にお集まりください。 - 新春フロアレクチャー
- 2013年1月2日(水) 14:00~ 終了致しました
2013年1月3日(木) 14:00~ 終了致しました
担当学芸員が展示を解説します。
※1/2はどなたでも参加可。1/3は本展覧会の半券(当日有効)をお持ちの上、会場入口にお集まりください。
展覧会図録
-
映像をめぐる冒険vol.5 記録は可能か。
本展の開催にあわせて、担当学芸員のテキストや、全出品作品の図版を掲載しています。A4変形 86ページ 発行:東京都写真美術館